頸髄損傷を患った身体障害者がひとりで三原山に登った話
24時間テレビの企画かな?
大抵の人はそう思うかもしれない。でも違う。
登山の様子を密着するカメラマンはいなかった。そもそも、同行者はいなかった。
登場人物は15年以上前に交通事故で生死の境を彷徨った、普通ではない歩き方の身体障害者ひとりだけ。
なんで障害者がひとりで登山なんて危険なことするの?
そこに山があるからだよ!!!
話は登山の約半年前に遡る。
新型コロナウイルスの影響でゴールデンウィークの旅行はできなさそうだ。
でも、11月あたりならさすがにコロナも収束に向かっているだろう。
そう考えて、羽田空港行きの飛行機を予約した。
1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月......時間が経つにつれて「あら?コロナの勢い止まらないじゃん。東京観光、無理じゃん!」と察する。
じゃあ、東京に着いたらすぐ船に乗って伊豆大島に行っちゃおう。
そう決めたのが旅行の1ヶ月前。
そしてほぼなんの計画も立てずに当日。伊豆大島に到着。
さて、明日は丸一日なにをしようかー!
有名な裏砂漠をバギーで走れるツアーがあるらしい。いいね。
予約を試みるも、すでに定員一杯で断念。
どうにかして裏砂漠を見ることはできないかと、Googleマップを見ながら考えた。考えた。気づいた。
三原山に登れば上から裏砂漠を見下ろせる!たぶん!!きっとそう!!
かくして、すごーく適当に翌日の登山を決めた。
朝。
よく寝た!適度に食べた!ジャージ履いた!靴は......ぺらっぺらのスニーカーしかないな。まぁいいか。
よ く な い
いま考えると、なぜこのとき「まぁいいか」になったのかわからない。
バカなのか?バカなんだね。
登山のスタート地点までバスで移動。
バスから降りて、トイレ済ませて、いざ出発!の前に案内板を発見。
頂上まで登って火口をほぼ一周して、別ルートから下る。ゴールは大島温泉ホテル。
このコースの距離は7.9km、所要時間の目安は155分らしい。
でも、自分の場合少なくとも180分以上はかかるだろうな。
ある程度覚悟を決めて、今度こそ出発。時刻は11時05分。
Googleマップのとおり、最初に少しきつい下り坂があったものの、それ以降はほぼ平坦な舗装された道路が700mくらい続く。
普段からスポーツジムに通って体力作りに励んでいるから、このくらいは余裕!
ただ、途中ですれ違う人たちは「こいつ.....ひとりで登山するつもりか....?」と言いたそうな目でジッと見つめてくる。
めちゃくちゃごもっともです。
ぴょんぴょん跳ねるような独特な歩き方の、誰が見てもわかりやすい身体障害者がすることではない。
逆の立場でも「おいおいおいマジかよ...」と目で追う気がする。
でももうやると決めちゃったから!行ってきます!
と心の中で宣言した直後、あることに気がついた。
すれ違ったあの人たち、途中で引き返してきてる?
みんな大島温泉ホテルをゴールにしてるわけではないのか。
確かに火口を見て引き返すコースだと距離はかなり短いな。
自分には関係ないけど!
少しだけ不安になりながら先へ進む。
坂がどんどんキツくなってくる。
「うわぁ〜、これが山に登るってことか〜」
登山経験者全員に「こんなのまだ序の口でさえないよ」と鼻で笑われそうなことを本気で思いながら、坂をぴょんぴょん登っていく。
ぴょんぴょんといっても軽快に登っているわけではなく、歩き方がそうなってしまうだけで、実際はハァハァ息を吐きながら険しい顔でゆっくり登っている。
何回か短い休憩を挟みながら、ようやく最初のチェックポイントらしき場所に到着。
この鳥居の先に何かありそうだけど、こっちは実は分岐した道。
気になるけど少しでも体力を温存したい。どうしようかなー。
結局鳥居の先は見にいかず、本来の道の先へ進むことに。
すぐに火口展望台を発見。
引き返す人はこの辺りで引き返すのかな?
自分には関係ないけど!!!
この先にはもっと間近で火口を見れるスポットがあることを知っていたので、展望台はスルー。
そして遂に、舗装された道が途切れた......
「今までのは練習です。ここから本番」
そう言わんばかりの歩きにくそうな道。
火成岩も小さめのものから拳大のものまでゴロゴロ落ちている。
気をつけて歩かなきゃ怪我するな...と本日2度目の覚悟を決めて進み始める。
案の定ここから急に人が少なくなり、各々が自己責任でひとりきりで山と戦う領域へ。
10〜20分くらい集中してゆっくり歩いて、平らな場所を見つけたので少し休憩。
足場が悪いと疲れるのも早い。
そういえば、もうかなりの高さまで登ってきたんじゃないかと周りを見渡すと、今まで見たことがないほどの絶景。
足元を見ながら歩いてたから全然気づかなかった!
写真では1%も伝わらないけど、海が雲のような質感に見えた。不思議な景色。
いつまでも景色に見惚れていると日が暮れてしまうので、気合を入れ直して登山再開。
どんどん険しくなる道。どこに足をついても不安定。
それでもまだマシな足場を1歩ずつ見極めなければ、一瞬で足を滑らせてそのまま身体ごと転げ落ちかねない。
「ゆっくり。丁寧に。足をしっかり地につける。」
独り言を延々とブツブツ呟きながら、それでも何度かバランスを崩して手をつきながら、立ち止まれない不安定な坂道を登る。
正直、ここが最も怖かった。
不安定な坂道を30分は登り続けた気がする。
身も心もかなり疲労が溜まってきた頃、火口を間近で見ることができるポイントに到着。
え、デカい。深い。なんだこれ。
えぇ..........想像以上にデカすぎて写真撮ってもデカく見えないし。
あとで調べたら、火口の直径は300m、深さは200mあるらしい。
数字を見ても写真を見てもなかなか実物を想像できないと思う。
底のほうからは水蒸気が漏れ出ていた。活火山だからな。
これ、次はいつごろ噴火するんだろうなーと恐ろしいことを考えながら、しばらくの間ボーッと眺めているうちに、また歩ける程度には回復。
それでもかなり限界が近いのは感じていた。
残り少ない体力を振り絞って後半戦へ。
さっきのような恐怖を感じるほどではないものの、アップダウンのある険しい道が続いた。
ただ、景色は最高。
遂に最初の目的だった裏砂漠らしき場所も見えてきた。
実はこれ全然裏砂漠じゃなかったらウケる。
「疲れたな」
「でも景色は最高だな」
「でも良い景色だけじゃ疲れは取れないんだよな」
これをずーーーっと考えていた。
挙げ句の果てに
「寝っ転がれる場所があるうちに寝っ転がりたい」
という考えに至り、
「おっ、ここいいじゃん!」
そう思った瞬間、正気を取り戻した。
ここで寝っ転がったら絶対起き上がれない!
そしたら明日になってしまうし、陽が上がる前に凍え死ぬ気がする!
疲れた身体に鞭を打ち、折れかけた心を鍛え直し、少しペースを上げてまた歩きだす。
下り坂が多くなってきた。
そしてやっぱり足元は悪いので、前半と同じように独り言をブツブツ呟きながら気をつけて下っていく。
集中力は格段に落ちてきている。
何度も転びかけながら着実に進んでいくと、事前に地図を見た時には気づかなかった分かれ道が見えてきた。
たぶん自分が決めたコースは大島温泉ホテルに続くであろう右の道。
もう一方の道は鳥居の辺りに戻りそうだな。
ここで5分くらい考えた。
鳥居コースだと、序盤のあの急な坂を下らなきゃならないのか...でも知ってる道のほうが精神的には楽そう。なにより道が舗装されてる。
大島温泉ホテルに向かうコースは距離が長いぶん、坂が緩やかな気がする。でもそれ以外にこっちを選ぶ要素がない。
大島温泉ホテルに向かいます!!
この登山、無謀な選択しかしていない。
しかもこっちの道にした決め手が「同じ道を2度通るのはつまらないから」。
全身ガクガクの今にもぶっ倒れそうな障害者が何を言っているんだ。
決めてしまったことは誰かに反対されてもなかなか変えない性格だし、そもそも反対する誰かも今はいないし、ひとりきりだし、すでに歩き出しているし。
ぶっ倒れそうな障害者、もはや気合いだけでゴールに向けて進む。
この頃からは休憩中に写真を撮る余裕もなくなっていた。
ふと時計を見ると、スタートからもう3時間以上経過している。
普通は155分が目安のコースらしいけど、それ本当?
健常者めちゃくちゃすごいじゃん...
フラフラしながら歩く。多少マシな足場になってきたのがせめてもの救い。
スマホで時間と残りの距離を確認するスパンがどんどん短くなってきていた。
500mくらい歩いた感覚で地図を確認しても、その半分も進んでいなくて絶望する。
もーーーーーーーーむりーーーーーー!
と心の中で叫びながらひたすら歩き続けていると、遂に「大島温泉ホテルまで2km」の看板を発見。
ここまで、約3時間半かかっている。
全身が痛い。体力もかなり前に限界がきた。
14時37分に大島温泉ホテルを出発する帰りのバスにも間に合わない。
その時点で「完全に暗くなる前に人がいる場所にたどり着く」以外の目標は消えたはずだったけど、看板を見た瞬間「よっしゃ!15時にゴールするぞ!」とやる気がみなぎった。
ラストスパート。
この辺りからだんだん周りの景色が変わってきて、周りに木が生い茂っていた。
虫も鳥もいたし、姿は見えないけど大きい音を立てながら歩く野生動物の存在も感じた。
普段なら虫キモい、動物怖い、とビクビクしながら通るような道だったけど、なんせ残り2kmを切っている。
周りの状況なんか気にせずにどんどん進んだ。
ホテルから歩いてきたであろう人達ともすれ違った。
めっちゃ楽しそうにしている。元気ハツラツって感じ。オロナミンC持ってませんか。
と話しかけるわけもなく、15時ゴールを達成するためにやるべきことを黙々と。
ラスト200m。
長かった登山も終わりが近い。
ホテルへの道、最後は舗装されているハンパない登り坂。
実際どのくらいの坂だったか詳しくは覚えていないけど、溜まりに溜まった疲労のせいか、30°くらいあるように感じた。
手をつきながら力を振り絞って登り切った。
ホテルに着いた。
時間を確認すると、15時05分。
スタートから4時間ぴったり。
ホテルのロビーに入り、すぐさま自販機で飲み物を買って椅子に崩れるように座った。
20分くらい放心状態。
そのあと、登山していることを知っていた何人かの友人と親に連絡を入れ、タクシーを呼んで宿泊しているゲストハウスに帰った。
ゲストハウスのスタッフから「今日はどこか見てきましたか?」と聞かれ、三原山に登ったことを伝えると、唖然としていた。
「今までで一番キツかったです。身体的にも精神的にも。」
「で、ですよね......よく無事に帰ってこれましたね........」
翌日、尋常じゃない筋肉痛に襲われながら伊豆大島をあとにした。
冷静に振り返ってみると、まったくの素人の障害者が登山靴も履かずに三原山に登るという暴挙、普通は誰もやらないし、やるべきではないと思う。
たまたま無事に帰ってこれただけで、もし途中で力尽きて動けなくなったら、いろいろな人に迷惑をかける。
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また登山することがあるかどうかはわからないけど、もしあったら今度はしっかりした装備で複数人で挑戦したい。
少なくとも、山に登った先にある景色と達成感は、疲労と危険を差し引いても再び挑戦する理由には充分だった。